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<h1>◎ 切りかけのオベリスク</h1>

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アスワン市街の１Ｋｍ南にあるのが古代から使われていた花崗岩の石切り場。ギザのピラミッドや各地のオリベリスクなどが、ここから切り出された

花崗岩で造られた。現在残っているオベリスクは全長４１．７５ｍ、重さが３１５ｔという巨大なもので、完成していればルクソールのカルナック

・アメン大神殿にあるハトシェプスト女王のオベリスクより１２ｍ近く高くなっていた計算だ。このオベリスクの上に立つと、あまりの大きさに

言葉を失いそうになる。規則的な間隔に切り込みがあり、木製の楔を差し込んで水をかけて木の膨張力で石を割ったらしい。オスマン・トルコの

兵士がこの石を割ろうとして黒色火薬を仕掛け失敗したらしいといわれている跡が残っている。<BR>

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<h1>◎ アブ・シンベル大神殿</h1><BR>

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紀元前１３００年もの昔に、こんな辺境にこれほどな巨大な神殿を造らせたラムセス２世も立派だが、１９６３年に山を動かして神殿全体を移転し、

ナセル湖の増設で水没の危険に瀕した遺跡を救った現代科学者もすごいものだ。この神殿は、かってはおよそ１１０ｍ東のナセル湖のなかにあった

のだと考えると、茫然としてしまう。アブ・シンベル神殿の前に立つと、まずなによりもこの事実が胸に迫る。高さ２０ｍもある正面の巨大なラムセス２世像

、３０ｍ×３５ｍの大きな正面全体を囲む縁取りには、全体で２２体のヒヒ（シノセフルと呼ぶが、日光の見ザル・言わザルに似ている）が彫られ、

ラー・ハラクティ神（太陽神ラーとホルス神の性格を兼ね備えた隼の姿の神）が中央にいて神殿を守護している。ラムセス２世の像は柔和な顔立ちで、

全体のバランスも取れている素晴らしい石像だ。向かって左端の像の足元には、カデシュの戦いで戦火を交えたヒッタイトの王女マァホルネフェルゥラーと

ラムセス２世の正式結婚を祝う碑文が残されている。勝敗が判然としないこの戦に関して、ラムセス２世はあちこちに「勝利のレリーフ」を残しているが

真偽のほどは定かではなく、こうした正式結婚などの事実から推測すると、いわれているほどの圧倒的な大勝利というわけでもなかったようだ。<br>

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